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ハワイ大学の元総長のフジオ松田博士のハワイ日系移民史150周年を祝うスピーチからの続きです。

其の頃のPohukaina Elementaryの先生達はハワイ人か白人で、親切で辛抱強い方達でした。私達日系二世のほとんどにとって、英語は学校で学ぶ第二外国語の様な物でした。

ピジョンを話す人は英語を学んだ後でも、アクセントやイントネーションや動作などで、ハワイ出身であることが簡単に分かります。

ピジョンは最近、言語学上正当な言語として認められ、私達はみなバイリンガルです。ピジョンが移民の子達を1つにする糊の様な役割をしてくれたのです。

ピジョンが異文化の壁を取り、民主的な影響を与えてくれました。そのお陰で、民族の多様性に慣れ親しむ事が出来、基本的な価値観を共有している事発見する事が出来ました。

私達は良い教育を受ける事が出来ました。その上にハワイの歌Ekoklu iole makapo Imi au la oe, Ke kali nei auなど兄弟や姉妹がデユットで歌う事もありました。意味は分からなくとも、私はハワイの歌が好きでした。

今ハワイ語を勉強していますが、その複雑で洗練された言語に驚かされています。ハワイ語は一時、アメリカの宣教師の子孫から禁止されたことがあります。

私はある有名なハワイアンソングを歌う家族が英語しか知らないため、菓子の意味を知らずに歌っていた事を知りビックリしました。

ハワイ語はほとんど絶滅に近い状態だったのです。幸運な事に、ハワイの言葉と文化はハワイ人だけでなく、我々皆に復活を楽しまれています。

Hawaii Pacific Press より、

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美智子のやさしい不動産学〜KZOOで毎月第1土曜日3pm〜ラジオ番組で不動産事情をお伝えしている美智子のブログ。小さな物件から大きな物件まで幅広く取り扱うフレドリック美智子にお任せください。

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